『天稚彦草子』は中世(室町時代)の『御伽草子』(絵巻)に収められる。
詞書は後花園天皇、絵は土佐広間

大学に入りたての頃、文学講読の講義テキストとして触れました。
下は3年次に『天稚彦草子』を比較テキストに書いたレポート。
ストーリー構造はこんなんです。

伝承モティーフが節操なしと思えるほどに含まれていて非常に興味深い素材。
にもかかわらず、下のレポートは非常に手抜きな感じ。(2時間くらいで書いた憶えが…)





御伽草子『天稚彦草子』の構造を、韓国の蛇婿話「蛇新郎申士人」の構造と比較して考察する。天稚彦草子は蛇婿入り水乞い型に分類されるので、これも比較の材料とする。
御伽草子は15世紀頃中世室町時代に成立する通俗的な短編説話で庶民を含むさまざまな階層に読まれた。作者は貴族、僧侶などの知識人であったと言われている。『天稚彦草子』は後花園天皇の詞書とされる。
天稚彦草子は東西の昔話のモチーフを数多く含んでいる。基本的な主題は異類婚姻、蛇婿入りであるが、通常の口承昔話と較べ、文字化され洗練されている御伽草子は複雑なストーリーと広い世界を持っている。


T:@天稚彦草子の構造

天稚彦草子は次のような構造になっている
地上(上段)
@ 蛇の求婚、脅迫
A 拒否する姉二人、承諾する末娘
B 婚姻、蛇婿の変身
C 一時的別離、タブー(唐櫃を開けてはならない)
D 姉の訪問、姉二人によってタブーが破られる(完全な別離)
E 夫を追う妻、天に上る
天上(下段)
F 夫を尋ね歩く
G 再会、鬼の親
H 難題、夫の援助
I 七夕

@、Aは蛇婿入り水乞い型であるが、以下の展開はその枠から大きく外れている。最大の相違点は蛇婿と娘が結ばれる事であるだろう、さらに、Bにおいては「「・・・・もし刀持ちたる。わが頭斬れ」と言へば、恐ろしさ、悲しけれども、爪切り刀にて易く斬れぬ。直衣着たる男の、まことに美しきが走り出て」1)と、蛇婿の変身が語られるが、刃物で切られて変身する(変身が解ける)のは、ヨーロッパの人狼譚を思わせる。B〜Hの展開は「アムールとプシュケー」のモチーフである。またGにおいて鬼である親から娘を隠すのに娘を脇息、扇、枕などに変化させるのは、古事記所収の八岐大蛇の話で素佐之男命が奇稲田姫を櫛に変化させて隠したことと重なる。

A蛇新郎申士人の構造
韓国の説話「蛇新郎申士人」は韓国の蛇婿譚であり、「青大将聟」のタイプインデックスに分類される。「蛇新郎申士人」は次のような構造になっている

@ 貧しい寡婦が蛇を生む
A 隣の宰相家の3人の娘が見に行く、悪口を言う姉二人、黙っている末娘
B 隣の娘を望む蛇息子
C 拒否する姉二人、承諾する末娘
D 婚礼、初夜、蛇婿の変身
E 一時的別離(科挙)、タブー(抜け殻を見られてはならない)
F 夫、科挙に及第し政府の高官となる
G 姉二人によってタブーが破られる(抜け殻を燃やす)
H 世を捨て旅に出る夫、夫を追う妻
I 夫を尋ね歩く
J 夫との再会、昇天

蛇新郎申士人は蛇婿入り水乞い型と比較して類似点はCを除き殆どないと言って良いだろう。しかし天稚彦草子とは重なるところが非常に多い。


U類似と相違
 天稚彦草子と蛇新郎申士人の類似と相違を考察する。
天稚彦草子と蛇新郎申士人はその舞台やその文化習俗の差からの相違点はあるが、三人姉妹の末の孝行娘を娶る、タブーとその反故、難題と援助者、天界で共に暮らす、などその筋、民間説話の定石とされている部分はおおむね重なる。ともに後半はアムールとプシュケー型のモチーフであると言えるだろうが、親である鬼の妨害など天稚彦草子の方がよりモチーフの原型に近い。
蛇婿入り水乞い型の説話との比較では天稚彦草子との類似点は冒頭の求婚と末娘の承諾、蛇新郎申士人に至っては末娘の承諾のみである。前二者と後者の違いは天稚彦と申士人の存在の違いに読み取ることが出来る。天稚彦と申士人はともに天界のものであり天稚彦は自ら「われは、まことには海龍王でありしが」2)と名乗る。冒頭で「女、物洗ひてありける」3)と云うように、蛇の姿で水辺から現われることから天稚彦は水神ではないかと思われる。天稚彦はまた「三人の娘賜べ、取らせずは、父をも母をも取り殺してん。その設けの屋には、そこそこの池の前に釣殿をして、十七間の家を作りたるに、わが身はそれにはばかるぞ」4)と言う。これは水神が巫女と崇拝を求めていると取れなくもない。しかし申士人は「私は天上の仙官であったのが、あなたと縁があるので天の神の命により青龍の形となって降りてきたのです。」5)と言う。蛇の姿にはたいした意味は無く、必ずしも水神とは言いきれない。蛇婿入り水乞い型が明らかに蛇と水神を結び付けていることを考えると、天稚彦草子の冒頭が蛇婿入り水乞い型に類似していること蛇新郎申士人の類似点が少ないことは当然のことであると思われる。申士人は人間から生まれることで天から降りるが。韓国の説話にはよくみられる型で神仙思想の反映であるだろう。日本には天人が人間から異類に生まれ下界に降りると言う発想はない、異形のものは特殊な能力があると考えられているが、天人の化身であるとは考えない。

以上のことから、天稚彦草子は日本の文化習俗に適応しているが、基本的な構造から、蛇婿入り水乞い型よりむしろ、蛇新郎申士人つまり韓国説話の青大将婿型に近いと言えるのではないだろうか。天稚彦草子は七夕伝説で締めくくられる。七夕伝説はあきらかにその起源を大陸の神仙思想に持っており、天稚彦草子がその影響を受けていることを示しているとも思える。


註1)〜4) 後花園天皇 『天稚彦草子』
註5)   孫 普泰  「蛇新郎申士人」『朝鮮民譚集』129P 沙羅書房 1930年


文献一覧
稲田浩二・稲田和子 『日本昔話100選』 講談社+α文庫 1996年
後花園天皇 『天稚彦草子』 
桜井好朗 『神々の変貌』 ちくま学芸文庫 2000年
孫 普泰 『朝鮮民譚集』 沙羅書房 1930年
崔 仁鶴 『韓国昔話の研究』 弘文堂 1976年
崔 仁鶴 「〈夜来者談〉と〈浜下り行事由来談〉をめぐって」
『民間説話の研究 日本と世界』所収 同朋舎出版 1987年
李 杜鉉・張 籌根・李 光奎 著 (崔 吉城訳)『韓国民族概説』 学生社 1977年