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最後のキス


 放課後を告げるチャイムがなると彼女は友人たちにまたねと声をかけ、地下室へ向かう。地下室の主に質問しようという生徒は稀にしかいない。彼女は遠慮なく扉を開けた。
 彼の姿はない。そういえば今日は薬草園に寄ってから研究室に行くと言っていた。
 驚かせてみようか。彼女の足は薬草園へと向かう。しかし、薬草園にはスプラウト先生がいるのみでセブルスの姿はない。
 どこに行ったのだろう。ハーマイオニーは薬草園からホグワーツの外を周る。
 バラ園にたどり着く。そういえば、3年前、ヴィクトールと踊ったダンスパーティーでこの薔薇の茂みに隠れたカップルも多かったと後に聞いた。
 まさかね。ハーマイオニーはそこに彼がいるわけはないと分かってはいたがちょっと覗いてみた。こんな人気のないところに誰かがいようはずもない。カップルがいたら……謝ろう。もし誰もいなかったら研究室に戻ろう。
 ガサリと茂みを覗くとバラ園の奥にあるベンチに人影がある。あの髪、あの後姿、もしかしたらと彼女は足を速める。
「セっ……」
 声をかけようとしたが人違いということに気が付き、飲み込んだ。名前を呼ばずに良かったと彼女は息をつく。
 彼ではない。少年だ。彼女の足音を聞き、少年は彼女の方に向き直った。
 ハーマイオニーは息を呑んで、そこに座っている少年を凝視した。
 身長は同じくらいだ。多分三年生か四年生だろう。見かけたことはない。スリザリンのネクタイをしているので見かけたことがないのも当然かもしれない。
 問題はそこではない。似ているのだ、セブルス・スネイプに。
 人を見透かすようなその瞳も、肩まで伸びたその髪も、不機嫌そうな表情も彼にそっくりだった。親戚か、まさか隠し子。
「あなたは? 先生のご親戚?」
 ハーマイオニーは変な妄想を打ち消すように尋ねた。
「……そうだ」
 その少年は失望したように目を伏せると、声変わりしていない高い声で言った。喋り方まで似ている。妙にドキドキする。
「私はハーマイオニー・グレンジャー。グリフィンドールの七年生です。あなたは?」
「わ……僕はルイス・スネイプ。セブルスの甥です」
 彼と似たような口調で『僕』だなんて言う。彼女はますます相好を崩した。しかし、彼に甥なんかいただろうか。
「あなたは……あのスリザリンよね。見かけたことがないのだけれど、もしかして転入生?」
「ダームストラングから」
「ああ」
 彼に似ているためか異様に緊張する。手にかいた汗を拭うように、彼女は両手をすり合わせた。
「座ったらいかがですか」
 彼は自分の隣を指し示す。初対面なのにどうして座らせるのか、そして何故座ってしまったのか、彼女自身には分からなかった。ただ、真っ直ぐに彼女を見つめるその瞳が彼にあまりに似すぎていた。まるで邪眼だ。彼女は彼の邪眼にからめとられるように彼に従った。
 沈黙が二人を包む。ハーマイオニーはうるさい心臓の音と右肩から伝わる微かな彼の熱が気になって、何度も居住まいを正した。
「先生ってどんな人?」
 唐突な質問だと自覚はしている。しかし、沈黙に耐え切れなかった。
「……質問の意味が分かりません」
「そうよね。ごめんなさい」
「……あなたはどう思うのですか? 叔父を」
 少年は眇めで彼女を見た。怜悧な、そしてどこか挑戦的な瞳だった。
「優しい人よ。そうは見えないけど、誰より生徒思いの先生だと思うわ」
 即答する彼女を少年は意外そうに見つめた。
「そういえばどうしてここに?」
「薔薇がきれいだから」
 そう言って少年の瞳がハーマイオニーを貫いた。似ている。似すぎている。それゆえに心音がどんどん高鳴る。
 いけない。彼以外の人にこんなにときめいてはいけない。それもこれも彼に似ているのがいけない。
「ミス・グレンジャー」
 彼は彼女から目を逸らさずにそう呼んだ。
「はい……!」
 彼女は数ヶ月前まで彼が呼んでいたその呼び名を聞いて、思わず声が上擦った。
「それ以上にあなたはきれいな人ですね」
 ぞくっと鳥肌が立った。まるで彼が触ったかのように優しく、少年は頬を撫でた。
「あの、ルイス……これってどういう……」
 混乱するハーマイオニーをよそに彼の手は顎に移動する。
「分かりませんか。この意味が」
 そう言うや否や少年は彼女の顎をぐいっと掴んだ。こうなればハーマイオニーも現状が把握できた。
「あなたも無用心な人だ。それとも期待していいのだろうか」
 ハーマイオニーは彼の手を払って立ち上がった。
「帰ります!」
 何故こうなったか分からない。何故初対面の彼に誘惑されるのか分からない。たとえ、彼の甥であっても、これ以上この場にいるのはいやだった。もしかしたら、ああやって口説くのが彼の手かもしれない。足早に去ろうとした瞬間、彼女は手首を掴まれた。
「……っ!」
 乱暴にバラの木に背中を押し付けられ、手首を少年に羽交い絞めにされた。
「離して!」
「いやだ、と言ったら」
 その瞳は怒っているときの彼のものとそっくりだった。内に赤い炎を秘めた激しい瞳。吸い込まれるように瞳を見つめていた隙に、彼女は唇をふさがれた。
 彼女は渾身の力を込めて彼を振り払うと、思い切り突き飛ばした。少年は尻餅をついて、彼女を見上げる。彼女は怒りを全身に滾らせ、唇を何度も制服で拭った。
「最低! 私はセブルス以外の人に指一本触れられたくないの! もう一回キスしたらあなたの舌を噛み切ってやるわ!」
 少年は耐え切れずに肩を震わせる。その狂気じみた態度にハーマイオニーはセブルスのように眉根を寄せた。
「そう眉をしかめると皺になるぞ」
 少年はクスクスと笑いながら、立ち上がり土ぼこりを払った。
「まったく、君はどうして気が付かないかな!」
 そう言って、屈託なく笑った。この微笑みは彼女といるときしか見せない、あの微笑だ。
「セブ……!」
 セブルスと叫ぼうとした瞬間、再び唇をふさがれる。今度は彼女の腰を引き寄せて抱き締めた。彼女もそれに応えるように、首に腕を回す。
「セブルス……」
 ほとんど変わらぬ身長で、いつもと変わらぬキスをされるのは変な感じだった。彼女は照れくさくて俯いたが、すぐに現状を思い出して顔を上げた。
「何してるの!? だってそんな……甥だって」
「我輩に兄弟はいない。最初に気が付いてくれると思ったのだが。君の魔法薬学はマイナス七十点だな」
 セブルスは少し拗ねているようだった。ハーマイオニーは少し考えて、
「まさか縮み薬!?」
 と叫んだ。縮み薬の実験でカエルをおたまじゃくしにしたことがあった。それならば人間も子どもに戻るはずである。
「その通り」
「私をからかうために!?」
 そう言った彼女を彼は不機嫌そうにねめつける。
「こんな大げさなことはしない。二年生の授業で失敗した莫迦がいるのだ。それを浴びてしまって気が付いたらこのざまだ。幸い遅効性だったために生徒の前で変身するのは免れたが、明朝までこの姿だろうな」
「どうしてこんなところに……」
「隠れていたのだ。こんな姿、誰かに見られたらどうする。特にポッターなどに見られたら一生笑いものだ。君にも会いたくなかった」
「どうして?」
 可愛らしく小首を傾げる彼女を睨みつける。赤い顔で睨んでも迫力はない。
「格好悪いではないか。学生時代の自分があまり好きではないのだ。しかし、こういう姿になった以上仕方がないので、倉庫にあった制服を失敬した。誰かに会ったときに私服ではまずかろう。誰にも見つかりたくはないのでここにいた。それなのにどうして君は見つけてしまうのか」
 セブルスは抱き締めた腕に力を込める。いつもは胸にすっぽりと収まる彼女の頭が今は肩にある。髪の毛が首筋をくすぐって気持ちがいい。
「しかも我輩と気が付かないとは腹が立つ。親戚ですかとはどういうことだ!」
 ハーマイオニーは彼から少し身体を離して、じっと彼を見つめた。
「だから甥だなんて?」
 ぶっと彼女は吹き出した。顔を真っ赤にして大笑いする彼女を、
「何だ!」
 と彼はやはり赤い顔で怒鳴る。彼女はそんな彼を見て、
「可愛い」
 と呟く。
「少し黙れ」
 彼はもう一度、彼女を引き寄せて3度目のキスをした。唇を離して見詰め合った後、二人で笑いあう。
「変な感じ。背伸びしないでいいキスなんて」
「そうだな」
 いつもは足の裏がつりそうなのに。彼女は彼の肩に手をかける。上目遣いで彼を見つめ、嫣然と微笑んだ。
「ね、もう一回して」
 きっと二度とはできないキスをそれから彼らは何回か味わった。



 翌日、彼はとんでもないことを廊下で耳にする。
「聞いたか。あのハーマイオニー・グレンジャーがバラ園の茂みでスリザリン生といちゃついてたって」
「本当かよ。信じられねえ。がせじゃねえだろうな」
「ああ、何でグリフィンドールの彼女がスリザリンに!」
「ていうか羨ましい!!」
 彼は噂話をする生徒を注意しつつ、背中に流れるいやな汗を振り払うように早足で歩いた。

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【あとがき】
スネセンセ、小さくなるというリクで思いついたのがこの話なんですが……。
オチ……バレバレやんけ……(屍)
知らぬのはハーたんだけ……。

しかも今回チューの回数がたまんなく多いです。やんなっちゃいます、このカップル。
反響があとですごそうですね。
ロンたちの耳に入ったらすごいことになりそうだ(笑)

和叶明子sama
⇒妄想ナルシシズム

ハリポタです、スネハーですvv
贔屓のサイトで思いがけず5000HITを踏んで、いやもhappyです。
和叶さま、ありがとうございました!

いただいたのが4月でupしたが7月ってどうよ!というツッコミはさが乃姉にお願いします。挿絵がこんなに遅れるとは、わたしも思いもしませんでした、ええ。
ほんとうに申し訳ないです。(かつら)